神奈川県横浜市港北区には、旧暦の「コトヨウカ(事八日)」の夜にやって来るという片目の老婆、ミカリ婆さん(ミカリババ)の言い伝えが残っています。家々の習俗と妖怪伝承が結びついて育った、関東の民間信仰の一例です。

ミカリババとは?横浜の片目の老婆
伝承: ミカリババの物語
言い伝えによると、ミカリババは旧暦12月8日と2月8日に家々を訪れる片目の老婆です。村上健司『妖怪事典』(2000年)を典拠とするWikipediaによれば、一つ目小僧と連れ立って訪れ、篩(ふるい)や人の目を借りていくとされます。
事実: 名前をめぐる複数の説
名前の由来には複数の説明があります。英語版Wikipediaなど一部の資料は「箕借り婆」と表記しています。一方、港北区の大倉精神文化研究所は、ミカリ婆さんを「箕(みの)借り婆さん」というのは誤解だと明記し、語源は神道で致斎(ちさい)という重い物忌に相当する「ミカワリ」という言葉のようだと説明しています。また同研究所は、ミカリ婆さんと一つ目小僧は元は別ものだったが次第に混同され、ミカリ婆さんが一つ目だとする伝承が生まれたとしています。
ミカリババが訪れる時: コトヨウカの夜
事実: コトヨウカとは
大倉精神文化研究所によると、港北区内では昔、12月8日を「ヨウカゾウ(八日ぞ)」「コトヨウカ(事八日)」と呼び、この日に一つ目小僧やメカリ婆さんが来るという伝承がありました。「コト」は元来、祭・斎事のコトを指します。同研究所は、ミカリ婆さんはシマツ(始末)の神様で、12月1日に来るとも言われると紹介しています。

魔除けの習俗: 籠、ふるい、団子
伝承: 籠を屋根に上げる理由
大倉精神文化研究所が紹介する地元の説明では、ミカリ婆さんは一ツ目で、目の多いものを恐れるため、鳥山町裏ノ谷戸ではザルや篩(とおし)を棟に上げたり戸口に出したりしました。目を荒く編んだ竹の籠を屋外に立てると、怪物は「人間の家にはこんなに目の多い者がいるのか」と驚いて逃げていくのだといいます。太尾の棒田谷戸では、ヨウカドウが千の眼で屋根の上からにらむので、籠か目ザルを屋根に出したと伝えられます。
また『妖怪事典』を典拠とするWikipediaは、鳥山町裏ノ谷戸の別の言い伝えとして、欲深いミカリババが地面に落ちた米粒まで拾いに来て、口の火で火事を起こすため、残り米で作った「つじょう団子」を戸口に置き、もう集める米はないと示す習わしを記しています。
鳥山の言い伝え: 港北区での伝承をたどる
伝承: ミカリババの地元の物語
大倉精神文化研究所は鳥山の言い伝えとして、ミカリ婆さんは村々を回って箱根まで飛んでいき、山にぶつかって海へ落ちたので、箱根より西へは行かないという話を記録しています。ヨウカドウも同じものだと言われます。近くの日吉では、空を通る一つ目小僧を早く見つけるために籠通しを屋根に置き、子どもを普段より早く寝かせたそうです。

物忌みから妖怪へ: 家籠りの説
事実: 研究者の見方
大倉精神文化研究所によれば、コトヨウカには古くはコトの神が訪れるとして物忌み(外出などを慎むこと)をしていましたが、いつの頃からか本来の意味が忘れられ、家に籠もっていることから、一つ目小僧やミカリ婆さんのような怪物が来ると考えられるようになりました。桜井徳太郎編『民間信仰辞典』を典拠とするWikipediaも、千葉県南部で「みかわり」「みかり」と呼ばれる家籠りの期間があったことを紹介しています。
神奈川で日本の民話と妖怪遺産を探る
事実: 神奈川の妖怪文化
神奈川県には多くの妖怪伝承が記録されており、ミカリババもその一つです。大倉精神文化研究所の記事は、師岡熊野神社の「いの池」に片目鯉がいるという話など、港北のほかの言い伝えにも触れています。

Related on JAPAN ESSENCE: Unraveling the Nyudo-Bozu: The Shifting Monk Yokai of Shinshiro | Exploring Oboke’s Yokai Village: Shikoku’s Hidden Valley of Japanese Folklore
Sources
- 大倉精神文化研究所「わがまち港北」第12回 一つ目小僧とミカリ婆さん
- Mikaribaba – Wikipedia
- The Yokai Encyclopedia of Kanagawa Prefecture | YOKAI.JP
- みかり婆 | Yokai Encyclopedia
さらに楽しみたい方は、鬼瓦や魔除けの品に出会える鬼工房や、鬼瓦づくりを体験できるOnigawara Experienceもご覧ください。

Leave a Reply