神奈川県鎌倉市大船の熊野神社は、『古事記』『日本書紀』に登場する伝説の皇子、日本武尊(ヤマトタケル)を祭神とする神社です。六国見山の麓、多聞院と同じ敷地にあります。

ヤマトタケルについて
事実: 古代の記録に見るヤマトタケル
ヤマトタケルは、『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)に物語が記された半ば伝説的な皇子です。記紀によれば、まず九州の熊襲を討つ西征に、のちに関東へ向かう東征に遣わされました。
言い伝え: 西征と東征は別の話
『古事記』によると、女装の逸話は西征の話です。叔母の倭比売命から授かった衣装で少女に扮し、熊襲建兄弟の宴に入り込んで討ち取ったとされます。東征の話ではありません。東征では、野火に囲まれた危機を、のちに草薙剣と呼ばれる剣で切り抜けたと伝わります。この場所を『古事記』は相模、『日本書紀』は駿河としています。
大船の熊野神社
事実: 神社の歴史
大船の熊野神社の祭神は日本武尊です。鎌倉タイムによれば、1579年(天正7年)に後北条氏の家臣・甘粕長俊が勧請し、別当寺として多聞院が同時に創建されました。鎌倉市民ネットの解説は創建を室町時代中期とし、同じく甘糟氏によるものとしています。両資料とも、本殿に束帯姿の木像があると記しています(鎌倉タイムは甘粕長俊が勧請時に祀ったものとしています。誰の像かはどちらの資料にも書かれていません)。拝殿は神楽殿も兼ねています。確認した資料には、ヤマトタケルがこの地で祈った・登ったという地元の伝承、彼の生涯を描いた像、季節の再現行事は見当たらなかったため、本記事では取り上げていません。
六国見山: 六つの国が見えた山
事実: 名前の由来
鎌倉市によると、六国見山の名は、かつて山頂から相模・武蔵・伊豆・上総・下総・安房の六国が望めたことに由来します。「六つの国が見える山」という意味で、六国が接する場所という意味ではありません。山腹は展望台や散策路のある六国見山森林公園として整備されています(トイレ・駐車場なし)。山頂には富士信仰に関わる富士塚と石碑があり、熊野神社の裏の切通しは六国見山へ続いています。
アクセス
鎌倉タイムによれば、大船駅からバスで「常楽寺」下車、徒歩約5分です。お出かけ前に最新情報をご確認ください。

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